9年前の「測量」のパンフに書いた文章の抜粋です。 ●そのバイトの話を聞いたとき、行ってみたいと思いました。 ●業務は水門のメンテナンス。毎月1週間、川の近くの宿に滞在し、1日一基、5日間で5基の水門の整備をするそのバイトは、友人がもう2年ぐらい続けていたのですがまったく知りませんでした。 ●まあだからといってすぐバイトに入れるわけでもないので、取り合えずそのバイトの際に宿泊する宿に行ってみることにしました。友人の話の中で、特に面白かったのがその宿の話だったからです(その宿が今回の舞台のモデルになっていますが、あくまでモデルで、芝居上で描いている世界は全くの私の創作です)。渋る友人に頼み込んで北関東の外れまで案内してもらったのですが、話の通り何にもない宿でした。食事が一食付きますが(美味!)、食べてしまうと本当にすることがありません。町自体の夜も早くて、7時か8時にはほとんどの店が閉まってしまいます。もちろん東京の生活に慣れているからそう思うだけで私の実家だって似たようなものです。似たようなものですが、そんな見ず知らずの田舎町に用もないのに行く人はあまり居ません。食事の時に「何をしに来たのか?」と宿のおばちゃんに聞かれて説明するのに苦労しました。 ●結局友人とくだらない話をしながら12時前に就寝。翌朝、バイトの舞台である水門の一つを見に行きました。空は晴天。川が近づくと水田の中に大きな操作場が見えます。しかしそこは有事の際かメンテナンスの時にしか人が来ないので誰もいません。関係者でもない僕が入れるはずもなく、外を一周りしてしまうとまた何もすることがなくなってしまいました。 ●のどかな河原に寝転がっていると、対岸ではグライダーが離発着を繰り返しています。何の音も発しないその乗り物は川の上をゆっくりと旋回してもとの河原に音もなく着陸します。そんな繰り返しの光景を見るともなく眺めていると、なんだか自分が今、どこにいるのかよく分からなくなってきました。仕方がないので、この町に暮らす人々の生活を想像しました。そこではきっと、僕となんら変わらない普通の人が、生まれて、生きて、死んでいく、ごく普通の生活が当たり前に展開しているのです。 そう思うとちょっと嬉しくなりました。雲一つない青空の下、私たちはどこかで繋がっている・・・確かにそんな風に思えたのです。
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